反対者の明渡し

建替え決議を目前に控えているマンションです。建替えに反対の意向の方が4~5名おります。ご理解を得る努力をしていますが、最終的には売渡し請求を行う意思を理事会としては持っています。売渡し請求を行えば、解体着工しても差し支えないのでしょうか? もしそうでないとすると着工するにはどのような手続きが必要ですか?

Ⅰ.売渡し請求後、ただちに解体着工することの可否

売渡し請求をしても、直ちに、解体着工することはできません。その理由は、次のとおりです。

誰が誰に対して売渡し請求できるのか?

1.区分所有法62条の建替え決議が成立した場合

(イ)売渡請求権者

建替え決議が成立した場合に売渡請求権を有するのは、(1)建替え決議に賛成した区分所有者、(2)建替え決議成立後、一定の期間内に、建替え決議の内容により建替えに参加する旨回答した区分所有者、(3)(1)もしくは(2)の承継人、(4)買受指定者(区分所有法63条4項)。

(1)については、特に説明する必要はないでしょう。

(2)は、建替え決議には賛成しなかった区分所有者(反対した区分所有者だけではなく、賛否を明らかにしなかった区分所有者およびこれらの区分所有者の承継人も含みます)で、その後、「建替え決議の内容により建替えに参加するか否か」を2ヶ月以内に回答してください、と集会招集者から書面で求められた者の内で、その期間内に、「参加する」と回答した区分所有者です。

(3)は、(1)若しくは(2)の区分所有者の承継人(例えば、その区分所有者から住戸を購入したり、相続したりした者)です。

(4)は、(1)~(3)の区分所有者全員の、建替え決議成立後の合意により、「区分所有権及び敷地利用権を買い受けることができる者」として指定された者(デベロッパーが考えられます)です。

(ロ)売渡し請求の相手方

売渡し請求の相手方は、建替え決議成立時の区分所有者のうちで(1)(2)以外の者、すなわち、建替え決議に賛成せず、かつ、その後、一定期間内に「建替えに参加する」と回答しなかった区分所有者 および、その承継人です。

2.区分所有法70条の一括建替え決議が成立した場合

(イ)売渡請求権者

区分所有法70条4項は、同法63条を準用しています。したがって、売渡請求権を有するのは、(1)一括建替え決議に賛成した各区分所有者、(2)一括建替え決議の内容により建替えに参加する旨回答した各区分所有者、(3)(1)もしくは(2)の承継人、(4)買受指定者です。 また、売渡し請求の相手方は、建替え決議成立時の区分所有者のうちで(1)(2)以外の者およびその承継人です。

62条の建替え決議が成立した場合と異なるのは、例えば、A、B、C3棟の建替えについて一括建替え決議が成立した場合には、この決議に賛成若しくは参加したA棟の区分所有者が、この決議に賛成せず、後に建替えに参加すると回答もしなかったB棟やC棟の区分所有者に対しても、売渡請求をすることができる点です。

(ロ)売渡請求の相手方

62条の建替え決議が成立した場合と同じです。

売渡請求権が行使された場合の法律関係

売渡請求権が行使された場合の法律関係は、建替え決議、一括建替え決議のいずれが成立した場合でも変わりありません。それ故、以下では、建替え決議が成立した場合を念頭において説明します。

1.ことばの説明 -売渡請求権、売渡請求権の行使-

区分所有法63条4項は、(イ)で説明した(1)(2)(3)(4)に属する人は、(1)(2)以外の区分所有者またはその承継人に対して、「区分所有権及び敷地利用権を時価で売り渡すべきことを請求することができる。」と規定しています。(1)(2)(3)(4)に属する人が、(1)(2)以外の区分所有者またはその承継人に対して有する「区分所有権及び敷地利用権を時価で売り渡すべきことを請求する」権利が売渡請求権です。

たとえば、同潤会江戸川アパートメントの建替えでは、1号館の区分所有者は161名、2号館の区分所有者は62名でした。そのうちで、建替え決議に賛成せず、その後、建替え参加する旨の回答をしなかった区分所有者は、1号館が6名、2号館が3名でした。したがって、1号館については、155名の区分所有者およびその承継人が6名の区分所有者およびその承継人に対して、2号館については、59名の区分所有者およびその承継人が3名の区分所有者およびその承継人に対して、売渡請求権を有することになります。

なお、同潤会江戸川アパートメントの建替え決議が行われたときには、一括建替え決議は、認められていませんでした。それ故、1号館、2号館では、それぞれ建替え決議を行いました。

しかし、売渡請求権を有する個人や団体が、みな、実際に、売渡し請求をするわけではありません。通常は、これらの内の1名若しくは数名が売渡請求を行ないます。同潤会江戸川アパートメントの建替えでは、建替え事業者となったデベロッパーが、1号館、2号館それぞれについて、売渡請求権を有する区分所有者から区分所有権を譲り受けて(すなわち、承継人として)、9名の区分所有者に対して売渡し請求をしました。

このように、売渡請求権を有する個人、団体のうちの1名若しくは数名が、売渡請求の相手方となる特定の個人または団体に対して、実際に、売渡請求をすることを「売渡請求権を行使する。」といいます。以下では、売渡請求権を行使した個人または団体(同潤会江戸川アパートの場合には特定のデベロッパー)を甲、その相手方(同潤会江戸川アパートの場合には9名の区分所有者)を乙と呼びます。

2.売渡請求権の行使の仕方

売渡請求権とは、区分所有権及び敷地利用権を時価で売り渡すべきことを請求する権利です。したがって、「売渡請求権を行使する」、すなわち、「甲が乙に対して売渡し請求をする」とは、正確には、「区分所有権及び敷地利用権を時価で売り渡すべきことを請求をする」という乙に対する甲の意思表示が乙に到達することです。この意思表示では、甲は、区分所有権および敷地利用権を特定しなければなりません。さもないと、甲が、乙に対して、何を売ることを求めているのか確定しないからです。

区分所有権を特定するには、正確には、所在、家屋番号、種類(たとえば、居宅)、構造(たとえば、鉄筋コンクリート造り4階建て)、床面積などを表示しますが、ここでは、簡単に、Aマンション101号室というように表示したことにします。

敷地利用権とは、「専有部分を所有するための建物の敷地に関する権利」です(区分所有法2条6項)。敷地が区分所有者の共有である場合には、各区分所有者の共有持分権が敷地利用権になります。なお、「敷地権」とは、不動産登記法上のことばで、敷地利用権の内で区分所有法により区分所有権と分離して処分することを禁じられているものをいいます(不動産登記法44条1項9号)。敷地利用権が共有持分権である場合には、正確には、その土地の所在、地番、地目、地積、共有持分によりこれを特定します。たとえば、「東京都新宿区所在の地番110番の8、宅地、地積○○㎡、共有持分○○分の○というように。

3.売渡請求権の行使により発生する甲-乙間の法律関係

甲が、乙に対して、売渡請求権を行使すると、その意思表示により特定されている住戸および土地の共有持分を甲が時価で乙から買い受けるという売買契約が成立します。ただし、売渡請求権が発生していなかった場合(たとえば、建替え決議が無効だった場合)には、甲は売渡請求権を有していなかったことになりますから、たとえ、甲が売渡請求権を行使しても、その効果は発生せず、売買契約は無効です。

甲、乙間で売買契約が成立すると、甲が売渡請求権の行使として行った意思表示で特定されていた区分所有権および敷地利用権(101号室の区分所有権と地番110の8の土地の○○分の○の共有持分権)は、その行使の時点で、乙から甲に移転します。特定物の売買契約については、契約成立時に、特定物の所有権は売主から買主に移転するのが原則だからです(最判昭和33年6月20日民集12巻10号1585頁)(ただし、反対説もあります(稲本洋之助・鎌野邦樹、「コンメンタール マンション区分所有法 第2版」、日本評論社、1983、404頁))。この判例の見解を前提とすると、行使の時点で、乙は、管理組合の組合員資格を失います。

しかし、101号室の区分所有権および敷地共有持分権が甲に移転しても、乙が、直ちに、101号室を甲に明け渡さなければならないわけではありません。乙は、「時価」の支払いと引き換えでなければ101号室を明渡さないと主張して、甲の明渡請求を拒絶することができます(民法533条)。乙は、甲に対して、101号室および敷地の共有持分権の対価として、「時価」の支払いを求めることができますから、その支払いを確実にするために、乙には、101号室の明渡しや101号室、共有持分権の移転登記を拒絶する権能を与えられているのです。

Aマンションを解体することは、乙のこの拒絶権を害する行為です。したがって、建替え事業の主体(デベロッパーやマンション建替組合)は、甲が売渡請求権を行使し、甲乙間に101号室、敷地共有持分権の売買契約が成立しても、Aマンションの解体に着工することはできません。

4.賃借人丙と甲との間の法律関係

乙が101号室を丙に賃貸しており、その部屋には丙が居住していた場合に、甲は、丙と直接に交渉して、乙ー丙間の賃貸借契約を終了させ、立退料を支払って、101号室から立ち退いて貰うことはできるでしょうか。

甲は、101号室の区分所有権の移転登記を取得しない限り、丙に対して、自分が乙から101号室の区分所有権を取得したと主張することはできません。なぜならば、「正当な利益を有する第三者」に対して不動産所有権を取得したと主張するためには、登記を備えることが必要であり(民法177条)、丙は、「正当な利益を有する第三者」にあたる(最判昭和49年3月9日民集28巻3号325頁)からです。ただし、甲が登記を備えていなくても、丙の側から、甲の所有権取得を認めることはできる、と解されています(我妻栄著、有泉亨補訂、「新訂物権法」、岩波書店、1983、153頁)。

ところで、甲が丙との間で101号室の立ち退きについて折衝するには、乙―丙間の101号室賃貸借契約における賃貸人たる地位を乙から取得しなければなりません。何故ならば、甲は、丙との間で立ち退きの合意を成立させるためには、通常は、一定額の立退料を支払ってその賃貸借契約を合意解約しなければならず、その前提としては、甲が、賃貸人でなければならないからです。

売渡請求権を行使した甲は、101号室賃貸借契約における賃貸人たる地位を乙から取得するのかという点については、(1)甲が売渡請求権を行使すると、101号室の区分所有権とともに、乙の賃貸人たる地位も甲に移転するのか、(2)賃貸人たる地位も移転するとした場合に、101号室の区分所有権について乙から甲への移転登記が行われていない段階でも、賃貸人たる地位の移転を丙が認めれば、乙から甲へ賃貸人たる地位が移転したものと取り扱われるのか、という2つの問題があります。

第一の問題に関しては、判例は、賃貸建物の売買の事案において、「自己の所有建物を他に賃貸している者が賃貸借契約継続中に右建物を第三者に譲渡してその所有権を移転した場合には、特段の事情のない限り、借家法1条の規定により、賃貸人の地位もこれに伴って第三者に移転する」と判示しています(最判昭和39年8月28日民集18巻7号1354頁)。したがって、売渡請求権が行使された場合においても、101号室賃貸借契約における乙の賃貸人たる地位は、101号室の所有権移転に伴い甲に移転する、と考えてよいと思います。

第二の問題に関しては、判例は、やはり、賃貸建物の売買の事案において、「譲受人がいまだその所有権登記を経由していないときは、同人は、賃借人に対して自己が所有権を取得し、したがって、賃貸人たる地位を承継したことを主張し得ないものと解すべきであるが、逆に、賃借人がこの事実を認め、譲受人に対して右承継後の賃料を支払う場合には、かりに右承認前に遡って賃料を支払う場合においても、なお債権者に対する弁済として有効であり、譲受人は、賃借人に対し、右賃料の支払を妨げることができないものといわなければならない。けだし、右譲渡後賃借人がその事実を認める以上、譲渡人は、もはや賃貸人の地位を有せず、したがって、賃料債権を有しない・・・からである」と判示しています(最判昭和46年12月3日判例時報655号28頁)。したがって、売渡請求権の行使により甲が101号室の区分所有権を取得し、賃貸人たる地位を譲り受けたことを丙が認めた場合には、甲は、賃貸人たる地位を丙に対して主張することができると考えられます。そうすると、甲と丙との間で立退きについて合意が成立すれば、この合意は、乙に対しても有効だ、と考えてよいことになります。ただし、売渡代金額の決定にあたっては、甲が丙に実際に支払った立退料の額は、区分所有権・敷地利用権の「時価」から、当然に、控除されるのではなく、個別事情の一つとして考慮されるに留まります(東京地判平成16年2月19日判例時報1875号56頁)。

Ⅱ.解体に着工するにはどうすればよいか

明渡し合意

それでは、建替え事業者が解体に着工するには、どうすれば良いのでしょうか? 第一は、売渡請求権の行使を受けた乙が、これを行使した甲に対して、任意で、101号室を明け渡すことです。甲は、早期の解体着工を望んでいる筈ですから、建替え事業者が甲から101号室の明渡しを受けることは、難しくないでしょう。甲以外の区分所有者も、全員、その住戸をその建替え事業者に明け渡せば、その事業者は、そのマンションの解体に着工することができます。

同潤会江戸川アパートメントの建替えでは、以下で述べるような訴訟が第1審で係属している間に、甲と乙との間で、(1)甲は乙の主張する「時価」に相当する金額を乙に預託する、(2)判決確定後、その判決で売渡代金が最終的に確定した場合には、乙は、売渡代金と預託金額との差額を甲に返済する、(3)甲が(1)の金額を預託した場合には、その住戸を甲に明渡したとみなす合意が成立し、甲が(1)の金額を預託した後に、解体に着工できる、という合意が成立しました(その合意の詳細は、前に引用した東京地判平成16年2月19日に登載されています)。なお、預託金額と判決金額との差額は、判決確定後、ほとんど、乙から甲に返還されました。

しかし、売渡し請求の相手方は建替え決議に賛成しなかったのですから、実際には、明渡しの合意を成立させるのは、難かしいことが多いのではないでしょうか。

明渡しを命じる判決の確定

売渡請求権が行使された場合は、甲乙間で話し合いが成立し、乙が、任意に明渡しや移転登記に応じることはあまり期待できません。そこで、結局、甲が、乙に対して、上例で言えば、101号室の明渡しと同室の区分所有権および敷地の共有持分権の移転登記を請求して訴訟を提起せざるを得ないことになります。その訴訟で、裁判所が算定した売渡代金と引換えに明渡しおよび移転登記をせよと乙に命じる判決を下し、これが確定した場合にはじめて、甲は、101号室の明渡しを受けることができます(もっとも、確定前でも、その判決に仮執行宣言が付せられれば、甲は明渡しを受けることができます)。

同潤会江戸川アパートメントの場合には、裁判所が算定した「時価」に不服な乙は、最高裁まで争いました。その結果、平成14年12月に訴えが提起されてから、平成16年11月の上告不受理決定により判決が確定するまで、約2年かかっています。

売渡請求権行使を想定して建替え手続を進めることの重要性

同潤会江戸川アパートの建替えでは、訴訟提起から8ヶ月ほど後には明渡し合意が成立しましたし、2年後には判決が確定しました。これは、訴訟になった事案としては、非常に早く解決した事例です。このように、明渡し合意を成立させることができ、また、訴訟自身も迅速に進んだのは、争点が時価の算定に絞られていたからです。たとえば、大阪千里桜ヶ丘住宅の場合には、争点が多岐にわたったので、平成8年の訴訟提起から平成13年の最高裁決定まで5年近くかかっています。

同潤会江戸川アパートの建替えの場合にこのように争点を単純化することができたのは、売渡請求権を行使しなければならないならない事態が生じるかもしれない、と考え、管理組合理事会やデベロッパーが、弁護士の助言、指導の下に、建替え決議へ向けての手続、建替え決議総会での手続、建替え決議成立後の非賛成者に対して建替えへの参加を求める手続などに遺漏がないように充分注意を払ったからにほかなりません。

これからは、平均還元率が100パーセントを大幅に下回る建替えが多くなるといわれています。そのような場合には、一部の区分所有者が建替え決議の内容による建替えへの参加に応じず、建替えに賛成している区分所有者が売渡請求権を行使せざるを得ないことが少なくないでしょう。信頼できる弁護士の助言・指導の下に、法律や管理規約の定める手続を遵守しながら建替え計画を進めてゆくのは、煩瑣であり、しばしば、無駄なことをしているように見えます。しかし、売渡請求権を行使せざるを得ないことが予想される場合には、結局、これが早道であることが多いのではないでしょうか。

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